「精子は保存状況が一番大事」専門家が語る、精液検査での意外な落とし穴

2021.04.02
精子保存に欠かせない「トラポン」とは?

精子にいい食事、男性不妊に効く生活習慣…。これまでBableでは男性不妊を解消し、子供を授かるために様々なことを紹介してきた。だが、獨協医科大学埼玉医療センターのリプロダクションセンターチーフディレクター務める岡田弘特任教授は意外な盲点を指摘する。それは「採取・保存の状況」だという。岡田氏は「精子を採取したときも保管・処理条件が悪ければ、どんなにいい精子だろうと受精する可能性は大きく下がる」と指摘する。岡田氏が提唱する理想的な精子の処理・保管方法とは?(取材・文:Bable編集部/撮影:石橋俊治)

精子採取のために開発した容器とは?

――最近研究に力を入れているのはどのような分野なのでしょうか?

遺伝子レベルの研究から体外受精まで多岐にわたって研究していますが、身近なところでは、精子を採取してから傷まないようにする処理・保管の方法を研究しています。獨協大学リプロダクションセンターでは7つの採精室があるのですが、他の多くのクリニックでは自宅で採取して持ち込むようにしているクリニックが多いのが現状です。ですが、病院に持ち込む間に精子は傷んでしまいます。精子の損傷を最低限にとどめるための採精容器を研究・開発しています。

自宅で採精して病院に持ち込む場合、約100cc~150ccのサイズのコップに精子を出しますが、当たり前ですが、精子はせいぜい4〜5cc程度しか出ません。大きなコップの中に精子を入れると、精子は大量の空気と接することになります。精子は嫌気条件、つまり、空気と触れたくないんです。放っておけばどんどん蒸発してしまいます。乾いてしまうんです。するとphがどんどんアルカリ性に偏ってしまう。それは精子にとってよくない。つまり、自宅で採取しても、クリニックに持ってくる途中で弱ってしまう。いくら卵子を大事にしたって精子が弱っていたら受精は難しくなるのは明白ですよね。

――そのための専用の容器を開発している、と

それが「トランスポーターS」という容器です。これが日本の採精のスタンダードになればいいと思っています。現在は改良を重ねたバージョン2まで発売していますが、現在3も開発中です。

データで見る、空気と温度の重要性

――具体的にどう違うのでしょうか?

シンプルに見えて、実は特許の塊なんですよ。形状は漏斗のようになっていて、鏡面仕上げになっているので、精液が容器にくっつくことなく、先端部分に落ちていきます。精液が溜まっている部分は、なるべく小さくなっていて、空気とほとんど触れないようにしています。あとは容器の中に保温材も入るので、ベストな温度設定で病院に持ち込むことができます。「空気」と「温度」、この2つの保存状態で精子の状態はまったく異なります。

――それほど空気と温度に依存するものなのでしょうか?

温度がいかに大事かが分かるデータがあります。

採取したばかりの精子の運動率は69%ですが、室温で2時間保存すると62%に下がります。それが保温材を抜いて、10度のところに放置しておくと8%にまで下がってしまいます。この状態で持ち込まれても、精子の運動率は悪いという診断がされるのは当たり前です。真夏や真冬の場合、自宅で採取してクリニックに持ち込んでいる最中に精子は大きく傷んでいるんです。

左上の表からも分かるように、10℃で2時間放置すれば精子の運動率は大きく下がる。

個人差はありますが、外の環境に弱い人は放っておくだけでも80%くらい活動しているのが2割〜4割にまで下がってしまいます。ですが、トランスポーターS2であれば運動率の低下は最小限に食い止めることができます。

他にもこんな実験データがあります。ご覧いただければわかりますが、やはり、トランスポーターS2ではほとんど運動率は下がっていません。

精子が保温環境に大きく依存してしまうのは明白だ。

圧倒的な差でしょう。当初、ここまで大きな差が出ると思っていませんでした。実験でここまで露骨に数値がでることはないので、我々も驚いています。ですからこれが業界のスタンダードになってほしいと思っています。今埼玉県内の各クリニックではかなり使われるようになってきています。むしろ患者さんの意識も変わってきていて、「これにしてほしい」という声も寄せられているそうです。

現在トランスポーター3も開発です。まだ企業秘密ですが、さらに進化しますよ。楽しみにしていてください。